桜石 と 梅花石誕生秘話

菅原道真の想い

菅原道真といえば、学問の神様として有名ですし、梅の花を愛し、飛び梅伝説があることでも有名です。

菅原道真が大宰府に左遷になったときに、家臣のひとりが、菅原道真から桜を拝領し、故郷の稗田野に移し植えました。その年はきれいに桜が咲いたのですが、だんだんと、桜は咲かなくなりました。

菅原道真の身によからぬことがおこっているのではないかと心配した家臣は、大宰府へ駆けつけます。その際に菅原道真は自像を持たせました。家臣は、祠を建てて像を奉りました。

それから300年ほど経ったとき、寺の住職の夢枕に度々と菅原道真がたつようになりました。寺の住職は、その昔家臣が作った祠を寺の境内に移しました。くしくもその場所は、以前に菅原道真から家臣が拝領した桜を植えた場所でもありました。

すると、境内から、桜の花の形をした石が産出するようになりました。そして、その祠は桜天満宮といわれるようになりました。

桜石
− 桜   石− 

[ 写真提供 : 茘枝工房 ]

現在も、京都の桜天神では、桜石が産出しています。ただし、国の天然記念物に指定されている為、その区域からの採集は禁止されています。

一方、菅原道真が大宰府に向かう途中で、門司の青浜海岸近くを通ったところ、梅が満開だったので、梅好きの菅原道真は休息を求めて浜に舟を近づけたところ、梅の花がいっせいに舞い散りました。

その梅の花が地面に落ちて、石の上にまるで、梅の絵が書いてあるかのように見える梅花石になりました。

現在、青浜海岸の岩層の一部は福岡県の天然記念物に指定されています。

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