「葬儀」と「真珠」


個人的見解や、想像を元に記載したエッセイです。ご理解のうえ、お読み下さい。

あなたは、葬儀の時に、真珠を身につけますか?

いつから、葬儀の時に真珠をつけるようになったか知っていますか?

なぜ、真珠なら、葬儀の時に、身につけても良いのですか?

初っ端から質問だらけになってしまいました。

世界的にみると、葬儀の際に、真珠を身につける国は、少ない(はず)です。もしかすると、日本だけかもしれません。

文化的にみると、葬儀の際、昔はアクセサリー類を一切身につけていないはずです。なぜって、それは「着物文化」だから。着物に真珠のネックレスって。。。アリエナイです。きっと、誰もがそう思うのではないでしょうか?(まぁ、文化は不変ではないので、もしかすると、未来では、ヘンとは思わない、フツーで、アタリマエになっているかもしれませんが。)

さて、明治以降、人々の衣装が少しずつ和装から洋装へ移行し、(個人的見解としては、おそらく)戦後の高度成長期には、洋装の喪服が爆発的に増加したと思われます。

そんな時、とあるデザイナーがテレビか何かの質問コーナーでうけた質問があります。

質問者:「葬儀の際、洋装だと、何か寂しい感じなので、アクセサリーをつけたいのですが。。。」

デザイナー:「真珠なら、人魚の涙と言われているし、許されるんじゃないかしら。。。」

まぁ、こんな簡単に単純明快な質問でも回答でもなかったとは思いますが、これが、日本での、「葬儀」と「真珠」の関係の始まりです。(聞いた話ではありますが。)

以降、真珠を身につける人が増加していきました。多分、デザイナーは、「許される」としたわけであり、「つけてもよい」と推奨したわけではない。。。と思います。

宝飾店の真珠販売戦略もあったでしょうが、それこそ、喪服真珠人口は、爆発的な増加をみせ、今ではまるで当たり前のように、真珠を身につけていらっしゃいます。

真珠のネックレスどころか、ピアスにイヤリング、果ては指輪まで。

女性の自分が言うのもナンですが、女性のオシャレゴゴロって怖いですねぇ。喪に服す。弔意を表す。そんな時でも、どんな時でも、オシャレゴゴロを忘れないのですから。

差別するわけではないのですが、普段あまりオシャレをする機会のない人たちのほうが、真珠依存度が高いような気がします。職業柄であったり、土地柄であったり。。。

「私だって持ってるのよ〜。すごいでしょ?」と主張されている気が。。。。。

しかも、「あなたは、つけないの?ひとつぐらい、持っていれば便利よ。」的発言は、大きな御世話だ!と強く主張したい。「その歳にもなって、持っていないんだ〜。」と言われているような気がする。持ってますから!(結納品なんで、自分では買っていないけど。。。)主義でつけないだけですから!と言えればいいけど、そんな時に主義主張して、ゴタゴタしたくないので、いつもアルカイック・スマイル(そんな素敵な笑顔ではないですが)で切り抜ける私の気持ちにもなって。

話は変わりますが、最近は、黒真珠をつけられる方も増えてきています。

私が学生のとき(というには、幼かった頃)、とあるテレビ番組で、「喪服に白い真珠って、浮いて見えるし、似合わない。黒い真珠ならいいのにね」的発言がありました。

はっきりとは判りませんが、以降黒真珠のネックレスをつける人を見かけるようになった気がします。もちろん、これにも宝飾店の戦略が絡んだと思われます。

ちなみに、テレビの黒真珠発言のときは、黒真珠の本物を見たことが無く、闇のような、それこそ漆黒色の真珠があると信じて疑っていなかったので、「そうか!私は、黒真珠の人になる!」と単純に思っていました…が、個人的には、黒真珠も実はあわない…と思っています。。。だって、黒真珠、見たことありますよね?真っ黒じゃないでしょ?良品になればなるほど、ピーコックグリーンと言って、黒とはかけ離れていくあの色。そして、あのテリ。

ここまで書いてきて、葬儀真珠依存は個人的に反対である!と強く表明できればいいのですが、正直、どっちでもイイ。でも、私はつけない!というのが信条です。

ただし、あまりにも大降りな真珠だったり、指輪などに、(どんなに小さくとも)ダイヤモンド等の脇石があるものは、イヤ。ピアス(イヤリング)、ネックレス、指輪の3攻撃もイヤ。ピアスのみ、ネックレスとあわせてもOK。という、ビミョーな拘りがあるのも事実。(ま、これについては、普段でも、アクセサリー、ジュエリーは2つまでと思っているのですが、その話は別の機会に)

でも、それを強く主張して、みんなでそうしましょう。っていうのはもっとイヤ。別に諦めているわけでもなんでもないし、個人の領域だからね。故人の悼み方も人それぞれ。葬儀方法ですら多様化している現在。それに、葬儀の際に、一切オシャレしないのですか?と言われると。。。唯一の拘りが数珠。水晶の大きさ、透明度、房の色まで拘ったもの。逸品というわけではないのだけれど、これだってきっとひとつのオシャレであることはイナメナイ。。。私の中ではけっこうなオネダンだったし。。。

モーニング・ジュエリー(アクセサリー)のジェットだって、19世紀、ビクトリア女王が夫(アルバート公)の喪に服している時に使用してから、広まったもので、それ以前は、なかった風習。日本の真珠だって同じ事。ジェットと真珠のチガイは、真珠の方が色艶が派手だということくらい。。。多分。。。。。

どっちでもイイなんて言いながら、ダラダラとした長文を読んでくださってありがとうございます。あくまでも個人的見解であるので、「私もこうしなくっちゃ」なんて思わないで下さいね。

信じる自由も、信じない自由もあるけれど、葬儀真珠風習は、発生してから、(おそらくは)まだ半世紀もたっていないのですから。

だから、私のように頭の固い昔気質な人間は、どうもねぇ。と思ってしまうだけなのです。(っていうか、幾つだよ自分。同じ年代で、そんなに拘ってる人って少ないんじゃないの?というツッコミはナシにしてくださいね。)これから先、今ですら定着している葬儀真珠風習が、もっと定着して当たり前となって、文化として残ることになるのでしょうから。(イヤ、もしかすると、今のワカイコたちは、普段からオシャレさんだから、たまにしかつけない真珠にお金をかけるのはムダってことで、廃れていく風習かも?)

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