シャーロック・ホームズ シリーズ

アーサー・コナン・ドイル 著

The Canon of Sherlock Holmes

シャーロック・ホームズのシリーズは、数多くありますが、宝石が、絡む事件と言えば、誰もが「青いガーネット」を思い出すことでしょう。今回は、この「青いガーネット」と、「緑柱石の宝冠」をご紹介します。

青いガーネット    緑柱石の宝冠

The Adventure of THE BLUE CARBUNCLE

まずは、「青いガーネット(Amazon.co.jp) 」です。訳者によって、「青いガーネット」「青い紅玉」「青いルビー」と邦題が違うのも、コレマタ奇ナリ…といった感じでしょうか。

さて、この石、青いガーネットなのか、青いルビー…つまるところのサファイアなのか…。以前から喧々諤々の議論がなされているようです。なので、私も少し考えてみることにしました。

まずは、本編にある文章にある、ヒントをピックアップしてみました。

1.豆粒よりもやや小さい。

2.二つとない宝石

3.賞金は1,000ポンドだが、この宝石の市価の1/20にもならない。

4.発見されてから20年と経っていない。

5.中国南部のアモイ川の岸で見つかった。

6.重さは40グレーン(本によると、1グレーンは0.064グラム)

7.本の中で、この石を「炭素の結晶」と言っている。また、宝石とダイヤモンドを混同しているような文章が見受けられる。

先ずは、「豆粒よりもやや小さく」、「40グレーン」→2.56グラム→12.8ctあるということ。ガーネットであれ、サファイアであれ、大きさに矛盾があると感じられませんか?どんなカットであったのかはわかりませんが、12.8ctは、結構大きいのでは?と思ってしまいます。この大きさで豆粒よりもやや小さい…だなんて、どんな大きな豆なんだ!と、違うツッコミをしたくなってりまいます。(当時のイギリスで、豆と言えば私たちには信じられないくらい大きなものであったとすれば別ですよね。例えば、そら豆のような豆を、通常「豆」と言っているとか。日本人の思う豆って、やっぱり大豆ですから、大きさには大きな差がありますよね。)それとも、実は体積に比べて重量がとてつもなく重い、ガーネットやサファイアとは別の石なのか?ということも考えられますが…。

さて、賞金から計算すると、「市価は20,000ポンド以上」ということになります。1875年ごろ、1,000ポンドは、約5万2千円。1895年ごろ、1,000ポンドは、約8万5千円ぐらいであったということなので、約104万円から170万円ぐらいということで、現在の私の感覚としては「二つとない宝石」にしては、ちょっとお安めの値段設定であるような気がします。しかし、当時の宝石に対する貨幣価値というものが、全く判らない状態で、云々言っても仕方ないですが。

ところで、「発見されてから20年と経っていない」ということですが、様々な研究から、この事件が起きたのは、1889年であるという説が有力なようです。と言うことは、1869年より後に発見された石で、「二つとない宝石」であることから、新宝石である可能性がかなり高くなってきました。そして、それは、「中国南部のアモイ川の岸で見つかった」のです。当時の中国は、清の時代でした。ただし、アモイ(厦門)は確かに中国南部にある福建省にありますが、アモイ川は、実在しない川だということです。(参考−アモイの場所(外部サイト))アモイは、九竜江の河口にあるので、もしかすると、アモイ川は、この九竜江のことを指しているのかもしれません。

次に、中国で採取される宝石(外部サイト)について調べてみました。…しかし、福建省についての記載はありませんでした。ただし、福建省の隣の広東省でアズライト(藍銅鉱)が採取されています。「おっ!青い石」と思いましたが、鉱物に詳しくなくても、どうあがいても、アズライトをガーネットやサファイアと間違えるようなことはありえない!

そして、探すこと暫し。次に、中国の鉱物資源(6)(PDF)(外部サイト)を見ると、13ページに福建省で、サファイアが産出するという記述。そして、14ページのざくろ石を見ても、福建省という文字が無い…。

できれば、青い石は、ガーネットであって欲しかったけれど、サファイアなのかしら?

さらに捜索を続けます。…と、あるじゃないですか。福建省産のガーネット(PDF)(外部サイト)が、2ページ目に。スペサルティンです。

ここで、一つ大きな疑問が。青いガーネットが存在するとして、ガーネット族の中では、どの種類ならば、青として存在する可能性があるのかがさっぱり判らないことに(今更ながら)気づいたのです。謎は大きくなり、そして深まるばかりです。

しかし、謎が深まるのも当然なのかもしれません。青いガーネットの事を、「炭素の結晶」と言ってみたり、宝石とダイヤモンドが同一のものであるかのように記されていたりしていることから、当時の人々の宝石に対する知識がアバウトであったことや、専門的知識自体もしっかりと確立されていなかったのでしょうから。話をここまで引っ張ってきて申し訳ないのですが、所詮「夢のある小説」の世界と言うべきなのでしょうか。

さて、1996年、スリランカで、カラーチェンジガーネットが発見されるまで(ページ中ほど)(外部サイト)は、青いガーネットは、幻でしかありませんでした。しかし、現在までカラーチェンジしない純粋な青いガーネットは発見されていません。ですが、このカラーチェンジガーネットは、青いガーネットに一番近い石として、存在しています。青いガーネット発見は「幻」から、少しずつ「現実」に近づいてきているようです。

今でもこのお話をタネに、「青いガーネット」の存在について議論されています。「青いガーネットの秘密―“シャーロック・ホームズ”で語られなかった未知の宝石の正体 」という本が、とても気になります。

青いガーネット(外部サイト)

青いガーネットの秘密

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The adventure of THE Brryl Coronet

次は、「緑柱石の宝冠(Amazon.co.jp) 」です。

緑柱石の宝冠は、「イギリスで最も身分が高く、高貴な方のひとり」が持ち主です。その高貴な方は、「国の宝」とも言うべきこの宝冠を担保に50,000ポンド借り受けるのですが、実際には2倍の価値があるとされます。「青いガーネット」でもしたように、計算してみると、この宝冠は、日本円で5200万円から8500万円程度の価値があり、かなり高額です。

緑柱石の宝冠は、金の彫刻が施されており、そこに39個の大きな緑柱石がはめ込まれているのですが、持ち主の「身分が高く、高貴な方のひとり」は、当時の皇太子ではないか(後のエドワード7世)とされているようです。

さて、ここでの私の疑問は、持ち主よりも、「緑柱石」という言い方です。宝石名ではなく、鉱物名の「緑柱石」としているところなのです。それは、エメラルド?アクアマリン?それとも、レッドベリル?モルガナイト?ゴッシェナイト?へリオドール?どれなのでしょうか。

やっぱり、高貴な方の高価な持ち物なのですから、ここは、エメラルド…と考えるのが、妥当というものでしょう。しかし、それならば、「緑柱石の宝冠」ではなく、「エメラルドの宝冠」と言ったほうが、今は勿論のこと、当時でも通りがいいのでは?と思ったりもします。エメラルドではなく、敢えて緑柱石としたからにはエメラルドではないのでは?と思ったりもして。

次に、思いつくのはレッドベリルです。大きな39個ものレッドベリルがはめ込まれた宝冠。ザ・希少価値!という感じでいいのではないでしょうか?「うん、これなら、値段的にもいいかも!」なぁんて、思っていたのですが、レッドベリルが発見されたのは1902年。この作品が発表されたのは1892年なので、これは却下です。

そして、その他の緑柱石類はありえないのではないか?と私は(個人的に)思うのです。モルガナイト、ゴッシェナイト、ヘリオドール何れにせよ、同じような色の他の宝石のほうが絶対に有名であったでしょうし、値段の面から考えても…。

…という訳で、やっぱりこのお話でも、どの宝石なのかは、謎なのでした。

緑柱石の宝冠(外部サイト)


作者のコナン・ドイルは、どちらのお話も、敢えて宝石名を断定しないことによって、読者へ、大きな想像力を与えることに成功したのかもしれません。

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